うつ病になった経緯
当時勤務していた職場にて、同僚の男性が怪我をし、それを心配した私は、怪我が治るまで彼には楽な仕事をさせてあげた方がいいのではないかと上司に提案した。
しかし、そのことを知った彼は余計なお世話だと怒り、仕事中に嫌がらせをしてくるようになった。
その嫌がらせと過労が重なり、平成26年6月13日にうつ病と診断され、発病してからそれまで当たり前にできていたことができなくなっていった。
うつ病直後の様子
毎日入浴ができなくなったり、本を読もうと思っても1行読んだら前の行の内容を忘れてしまっていたり、テレビを観ると疲れるようになって面白いと感じなくなったり、外出するのに気合いが必要で通院だけでも精一杯だったり、とにかく動きたくなくてずっと寝ていたい気持ちが強く、そのような集中力もなんの気力もない日々を数ヶ月間過ごしていた。
そして、少し活動できるようになってからは、自暴自棄にもなりやすくなり、オーバードーズ(大量服薬)を何度も繰り返して入院するまでに至ったり、解離症状(記憶喪失)を起こしたり、ゲーム課金(スマホのゲームにお金を投資すること)に依存したり、頑張りすぎた反動で再び動けなくなる日々が続いたり、これらの症状は今でもセルフコントロールが難しく、周りからのサポートを頂きながらコントロールしている。
うつ病に対する思い
うつ病になってから常日頃思うことは、無理ができなくなったということ。
元々私は頑張りすぎる性格で、今では頑張りすぎるとオーバーヒートしてしまって、動きたくても動けなくなる日が数日続くことがある。
その為、今はペース配分の配慮を必要としている。
また、当たり前にできていたことが、病気によってできなくなったことはとても苦痛なことだから、わがままで過ごしているわけでもなく、怠けたくて怠けているわけでもない、そういう病気なんだと知ってほしい。
さらに私は、自分の毎日の体調をギャンブルのようなものだと感じている。
今日は調子が良くても、明日も体調が良いという自信は正直今でも全くない。
その為、ドタキャンすることがあっても、どうか責めないでほしい。
私は、自立支援医療、障害者手帳、障害年金などの経済的サポートにより、今もうつ病治療に専念することができている。
また、家族や作業所での精神的サポートにより、心の安定が長く続くようになった。
無理ができなくなった分、「強くなるより賢くなれ」という言葉を励みに、どうすれば生きやすくなるだろうかと考えられる場所があることに、とても感謝している。
通院での様子
通院以外は、自宅に引きこもって寝てばかりいた私を心配した母が、初めて心療内科の診察に付き添って担当医の先生に相談し、そこで初めてデイケアの利用を案内してもらったのが、私の病気回復のきっかけである。
デイケア利用当初はソファーで寝てばかりいたが、デイケアのスタッフが散歩に誘ってくれ、そのとき一緒に散歩したデイケア利用者数人と、散歩以外の時間も共有するようになり、苦しいのは自分だけじゃないという安心感から、自然と会話や笑顔が増えていき、いつのまにか発病前に悩んでいた人見知りも克服しており、発病後の方が明るいと言われるまで元気になった。
平成31年3月、もっと話を聞いてくれる担当医を求めて新しい精神科に転院した。
今は、診察時にしっかりと話を聞いてくれる担当医で、安心して通院することもできている。
作業所での様子
現在通所している就労継続支援B型事業所では、自分でやりたい内職作業を選べるが、通所当初は全ての作業を制覇したいと思っていた為、中学校の授業以来、無縁だったミシンを使って作業したり、手先が不器用で本当は細かい作業が苦手にもかかわらず、ミサンガ作りにも挑戦した。
そして通所にも慣れてきて、今では駅の清掃、庁舎の清掃といった施設外作業もやっている。
リカバリーのきっかけ
私は幼少時代から自己肯定感が低く、周りの理想を目指してばかりで、納得のいく自分の長所がなかった。
そこで、これまでの人生を振り返って自分の長所を探してみた。
すると、私の何気ない発言が笑いを度々生んでいたことに気付き、私の長所はユーモアがあることだと分かってからは、他人と比較することも減り、自分自身を受け入れられるようになり、それがとても生きやすくなった為、長所を見つけることも元気の秘訣だと思う。
幸いなことに、私は家族の理解がありながら生活することができているが、世間的にはまだ障害受容が低いと感じる。
少しでも障害受容が高い社会になれるように、私は今後もピアサポーターとして、健常者と障害者の架け橋になれるように頑張りたい。
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